「藤沢さん、エディット・ピアフやシャネルの映画は作られてるのに、なんでジャン・コクトーの映画がないんですか?まだお元気なうちに作ってくださいよ。」
「あなたね、きついこと言うよねえ。そりゃごもっともな話なんだけど、登場人物が多すぎて大変ですよ。僕、本当に死んじゃいますよ。」
学生の頃からジャン・コクトーに心酔し、独学で原書を研究し、ジャン・コクトーゆかりの方々とも会い、日本におけるジャン・コクトー関連の顧問的立場にある藤沢さんは、東京の生粋の遊び人である。
高校生の頃から六本木に学生服のまま遊びに行き、当時六本木に集まっていた「野獣会」の大人たちから可愛がられたという。
小岩でお茶屋さんを営まれている気のいい普通のおじさんだが、とにかく文化的なことに造詣が深く、私はこの藤沢さんが大好きで心から尊敬しており、(藤沢さんからみたら)今どきなところへ連れまわしては、息切れさせている。
たまたまお越しいただいたパーティーで某女性誌編集長をご紹介したことから、その女性誌10周年パーティー企画として「キャバレー・コクトー」を開催することができたのだが、そのことをとても恩義に感じてくださっている藤沢さんは、何かと「ウラノちゃんのおかげ」と私のような下世話な俗人にジャン・コクトーのことやバレエ、音楽、書物、映画・・・を教えてくださっている。
「2013年がジャン・コクトー没後50年にあたり、いろんな企画をしたいんだよね。手伝ってください。」
喜んで!!!
と、おもむろに見せてくださったのは、没後20年の1983年に発刊されたフランスの新聞「リベラシオン」のコクトー特集号。
アンディ・ウォーホールが描いたジャン・コクトー
ココ・シャネルと
詩人・画家・映画監督・・・とマルチクリエーターぶりを表す写真
私に何がお手伝いできるのかはまったく検討もつかないが、藤沢さんよりかは若干若いので、手足となって動きます、と言ってみた。
「ジャン・コクトーが活躍していた頃のまさにキャバレー的な一夜を企画することは、もしかするとできるかもしれません。」
ところで、このコクトー特集の日本版作ったらどうですか?と、そっけなく投げかけてみたら、「実は、リベラシオンまで出向いて確認したんだけど、ちょっと前に日本人が買い占めていった、というんだよ。それ、ファッションデザイナーのKさん。しかも、写真や資料なんか何も残してないっていうわけ。非常にフランス的だなと思って感動したんだよ。」
いい話だな~。
北野武監督が仏芸術文化勲章「コマンドール」を授与されたニュースも飛び込んできて、今すぐパリに飛びたい衝動にかられている。
これからの三年は、「仕事という名のライス(米)ワーク」と、「魂が喜ぶ情熱という名のライフワーク」の二本柱でまい進して行こうと思う。
藤沢さんに教えてもらった、マックス・ラーべを見てヨーロッパの文化にほんの少し触れてみる。